国東半島山ガイド
四方山話その13 大嶽山と落合山


 ガイド本掲載No.4-5「大嶽山、落合山」は、これも最終編集で大変更したペ-ジである。
 当初「大嶽山」は、一つの山塊の最高ピークとして掲載を考えていた。
 実は、国土地理院地図を見ればわかるのだが、この山塊にはいくつものピークがある。火山としては同じ溶岩帯の山塊であるがあちこちの噴火口からドームが誕生したのだろう。それらのピークがとても気になっていたが、梅木秀徳著「大分県主要山岳丘陵島嶼一覧」には大嶽山以外のピークの記載はないし、山が深いのでルート作成は困難だろうと思っていた。
 そう思いながら、ガイド本も最終編集の段階となり、印刷会社を佐伯印刷に決め製本の打ち合わせを始めた。都合の良かったことに印刷会社の担当者のY岡氏は、国東半島峯道ロングトレイルを設定した国東半島峯道トレイルクラブの主要メンバーで、ガイド本作成に当たっていろいろなアドバイスをいただいた。その話の中で、紹介してもらった「国東半島峯道ロングトレイル」公式Map正規・周回ルート2017版という冊子を見せてもらった時に、ロングトレイルK-3ルートのオプションルートに行入ダムの奥に見える千の岩から大嶽山に至る尾根道ルートというのがあるのを知った。驚くとともに心弾んだ。
 時間はないが、これは調査しないわけにはいかないと、すぐに向かったのが2018年2月1日と発行半年前のことだった。行入ダムから登り、大嶽山まで辿り、当初のルートの稲川へ下山し、行入ダムに戻った。単調な往復ルートが変化に富んだ周回ルートに変貌した。
 さらに、尾根コースのちょうど中間点に直登する落合集落からのルートも記されていたので、確認のためまたすぐに向かった。しかし登山口がわからず右往左往していた時、落合集落でちょうど道に出ていたおばあちゃんがいたので尋ねると「昔は、ここから山の裏の採石場によう遊びに行きよったわあ」と予想外の話。確かに地図では採石場の跡らしき記号があるが、遊び場だったとは驚いた。
 結局、おばあちゃんの記憶も曖昧で登山口はよくわからず、しかたなく谷を詰めた。途中で伐採作業道に出合い何とか507mピークに登ると、前回は雪が積もっていてわからなかったが、「落合山」という山頂標識が転がっていた。まさに麓の集落名を冠した山名。どんぴしゃだ。山頂標識を近くの木につけ直し下山。登りで出合った作業道を下っていくと集落の近くに出た。ちょうど入口が藪になっていて登りではわからなかったが、これで完璧。
 最終編集で印刷会社には迷惑かけたが、「落合山」を追加して「大嶽山」と概念図を合体させるという大変更となった。さらに、ガイド本巻末の「おすすめ周回コース」にも紹介した。
 なお、後日ルート確認に行ってもらったO田氏から行入ダムから登った最初の430mピークには「後行入山」、「落合山」と「大嶽山」の中間にある540mピ-クには「稲川山」という山頂標識があるという報告を受けた。とくに「稲川山」は落合山より高く、これも麓の集落名を冠した山だったので、60座の中に加えたかったが、もう既に最終稿となっており、とても残念だったが概念図への名前の記載で済ませざるを得なかった。
 いずれにしろ大嶽山系尾根ルートは良いルートだ。  

ピーク五つ越えの大嶽山系縦走ルート。
当初は、稲川集落からのピストンルートだった。
確か大分大学教育学部の資料だったと思うが、県立図書館で見つけた国東半島の地質地図の一部。大嶽山は大岳山と記載されている。大嶽山塊は両子山溶岩とされている。
国東市国東町原から見た大嶽山。大きな山塊であることが良くわかる。
国東町横手付近から大嶽山。近づくとピークがいくつも。
落合山山頂に転がっていた山頂標識を近くの木に付け直し。とても味のある字だ。
落合山頂の祠。昔は落合集落の人がお参りに来たのだろう。
調査の時には気が付かなかった稲川山の山頂標識(じなしさんのブログより拝借)落合山と字体が似ている。
実は、稲川山には名前がないと思っていたので、某女史が大嶽山の次の山なので「中嶽山」と勝手に命名。確認登山でO田氏に小さな標識を付けてもらもらおうと預けたが、実は標識があった。せっかくなので付けたようだが、ちょっと恥ずかしい。(写真はじなしさんのブログより拝借)
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